山本昌義のプロフィール

山本昌義。CFP® 1級ファイナンシャル・プランナー。

商品先物会社、税理士事務所、生命保険会社を経て、200888日に「山本FPオフィス」を設立、同代表に就任する。現在は日本初の「婚活FP」として婚活パーティを開催しながら、比較的若い方の恋愛面・経済面の相談にのりつつ、その経験を活かして数々の執筆もこなしている。

また現在は「農業FP」としても活動しており、若手の農業経営者の相談にのりながら、農業経営者向けの事業承継や婚活支援、さらに就労支援も手掛けている。婚活も農業も、どちらも専門的に手掛けるFPは相当な少数派なので、大きな他との差別化に成功した。

さらに独立10年を機に「後輩育成」も始めた。10年分のノウハウを後輩に伝え、まだまだ少ない独立FP業界の啓蒙と拡大に尽力している。最近では、若い方でも老後不安や将来不安の声をあげる方が少なくないので、独立FPの普及は社会的にも役立つと考えている。

ちなみに独立FPになったキッカケは、新卒で入社した商品先物会社でのある出来事です。

当時、電話営業ばかりの日々でしたが、ある顧客が「自分はFPです」と名乗り、それを聞いた先輩社員から珍しく「すぐに引け」と指導を受けたのがキッカケでした。

それで興味を持ち、本屋で参考書を買い、勉強していく中で生まれて初めて「自分の今後」を考えました。当時の営業成績は1位でしたが、何となく色々と悪く言われる業界事情に疲れ、苦しんでいたのかもしれません。その中で、FPの存在は輝いていました。

同じお金のことを扱うのに、当時は嫌われ人が離れていくのに、FPは頼られ人が寄ってくる。同じお金のことを扱うのに、当時はすぐに契約が切れるものでしたがFPは生涯の交流が続く。今思い返しても、当時は少し病んでいたところもあったのかもしれません。

ただ一方、FPをやるなら転職が必要ですし、当時は資格もありませんでした。しかもFPの知名度も皆無と呼べる時代だったので、修行するには東京へ行く必要があったのです。東京は知り合いも皆無だったので、尚更に行くか引くか、半年ほど悩み続けたものでした。

しかしそれでも、ある意味で生まれて初めて真剣に考え、そして見つけた「自分の夢、生きる道、やりたい事」は、行動を起こすには十分な動機になったのです。当時、まだ25歳でしたので、今にして思えば「若さゆえの勢い」も相応に手伝ってくれた気がしますね。

そして東京に来て、資格を取得し、関連する会社で修行を積みながら沢山の先輩FPと出会いましたが、当時の現状はかなり厳しいものがありました。そもそもFPとして食えている方が非常に少なく、また人を雇えるような方はほぼ皆無だったのです。想像以上でした。

そして、これまでは「FPになりたい、FPとして働きたい」という考えでしたが、自分がやりたいようにFPとして活動するには、良くも悪くも独立するしかなかったのです。FPへの願望はともかく、独立までは考えていなかった私は、ここでも少し悩みましたね

しかし、今さらFPとしての人生を諦める気など一切無く、また「独立するなら若い方が有利のハズ」と考え、28歳で独立FPとして今の立場となりました。今にして思えば、当時のこの判断は正解だったと思えるものの、もう一度やれと言われたら厳しい決断ですね。

もっとも、独立当初は大変でした。FPの知名度が低いのは私でも変わらず、中々ご相談を頂けませんでしたね。それでも懸命にがんばり、色々と動いてきた結果、今では多くの方と顧問契約を結びながら双方向で支え合い、「当時の理想としたFP像」を実現できました。

ちなみに転換期は、やはり開業5年目程度の頃に考え抜いた「婚活FP」でしょうか。他との差別化を図る必要を感じつつも、頑なに商品販売だけは避けたくも思い、当時主流だった「保険・証券・不動産」以外で何か無いかと考え、自分の若さと掛け合わせたアイデアです。

当初は不安だったものの、想像以上にインパクトも需要も強く、そして婚活自体が空前のブームだったことも手伝って、一気に様々な相談や依頼が来るようになりました。さらに依頼や相談の増加は、そのまま知名度アップにも繋がり、婚活以外の仕事も増えたのです。

この仕事をやっていて良かったと思えることは、やはり何よりも「私に相談して良かった」という相談者の言動や笑顔を見られることでしょうか。何らかの不安があるからこそ相談に来られ、そしてその不安を解消できた時というのは、本当にFP冥利に尽きる瞬間です。

もっとも、やはり独立開業は良いことばかりではなく、もちろん悪いことも沢山あります。しかし、悪いことがあるからこそ良いことが輝いて感じられますし、最近では少しずつ悪いことが減り、良いことが多発する傾向になっているのが実情です。

今の日本は、高齢者はもちろん若い方でも将来不安や老後不安を強く抱いていますし、FPが必要とされる時代となりました。そういった不安な人を一人でも多く救済するために、これからもさらに精進していきたいと思います。